自由と民主主義を語り続ける社会主義国家の正体
先日検事を辞めて弁護士をしている知人に合って話をした。
こういう経歴の持ち主の事を弁護士仲間は「やめけん」と呼んでいる。
検事を辞めて弁護士をしているという意味だが本当の意味はもう少し深いがそれはここのテーマでは無いので述べない。
その弁護士が検事仲間の退職者を中心とする会に出席した時の事を印象深く話してくれた。
その弁護士は「いや〜あいも変わらず、人事の事を蒸し返してね、私は同期のあいつより実績も能力も有るのにそれをないがしろにされて冷や飯食いをさせられたのは
あいつのせいだ〜〜といか言う話に成りましてね、、、それは毎度の事だけども、寂しい辛い物でしたね、、、」と言うんですね。
その後話をこう続け、「日本の国に住んでいてね、ここの国が本当はどういう構造をしているかという事に気がつくのは検事でも弁護士でもだいたい60も過ぎてからの事ですかね、
それ以前は目の前の仕事に追われるような状態で、本当は自分はどういう国で何をしているかも解っては居ないものなんですよ。
だから、早い人でもこういう事情で日本の国の実態など殆ど解らないうちに定年を迎えてしまうので、その後の人生を一から始める事ももう出来ない年齢でね、
だから人事の不平や不満を語りながら死んで行くという事なんでしょうね〜〜〜」と苦笑しながら語り、「ですからね、自分の住む国が実はこういう構造だったんですかね?
という疑問すら出ては来ない訳ですよ」とこう言いました。
そして「法治国家とか民主主義だとか、こういう話をしてみた所で白々しい虚無感しか残りませんよ」と言うとしばらく黙り込んでしまいました。
この弁護士の名誉のために言えば社会的な事件と成った多くの有名事件を手がけて勝訴を得て被害者の救済をし、また多数の法律関係の専門著作も有る
立派な人物で若手の育成にも極めて積極的な弁護士です。
そして、この弁護士は結局日本は「民主主義を語り続ける社会主義者の国」でね、北朝鮮を笑えるどころか「北朝鮮よりも長生きする」世界で唯一の社会主義国に成る事は
確実ですよ、と言って今度は明るく笑いました。
更に話は、戦前の役人,官僚がそのまま戦後も居座り、戦争を美化報道した朝日新聞も読売も戦後は調子を変えて今度は平和だとか言い出して一切臆する事も無く,無秩序な混沌の闇に身を隠すように
して企業広告を集めて生き残っているこの国でですよ、未だに報道の真実を信じて疑わない国民にもあきれるばかりで、これは共同正犯か確信犯ですかね!と言うと今度は
「それなら皆が望んだ理想の社会が今、実現しそうなのだからこれは大いに喜ぶべきで、そもそも日本には問題など存在もしないという事ですかね」と言ってまた大きく笑いました。
「日本が民主主義を語り続ける社会主義者の国」で有る事に気がつくのは検事であれ弁護士であれ60才も過ぎてからであるという指摘は胸に重く響いた。
日本社会を見通す誤解の根底がここに示された話で十分ではないかと思う。
これなら普通のサラリーマンなど失礼ながら生涯こういう事に気がつく事は無いだろうなと思った。
連日テレビではお笑い番組ばかり垂れ流しあたかも真実から目をそらさせて「考える事を止めさせる為の装置」のように見える。
大人が将来を心配する国で子供たちに明るい未来を描けと言うのは無理な話で有ろう。子供は大人の姿を写す鏡なのだから。
このような話は解る人には解る話であり、解らない人にはそもそも無縁の話で有るとも思う。
や「史的システムとしての資本主義」
を思い出すと同時に映画「マトリックス」のネオやオラクルや増殖するスミスなどの事を重ねて思い出していた。
無限に増殖するスミスは官僚機構の事であろうし、それに支配される事でエネルギーを吸い取られるのは要するに「国民」にすらなれない所の「人民」の事で有ろうと思う。
英語では国民はCitizenであり人民はPeopleと成る。
北朝鮮は英語ではDemocratic People's Republic of Korea (DPRK) なるほど北朝鮮は民主主義を標榜する人民の共和国と言う程の意味になり
それなら確かに日本も事実として、全く同じ意味を持つ「民主主義人民共和国日本」と言える構造が有る。
確かに日本も北朝鮮も形式選挙はしているものな〜〜〜と思い至った。
形式選挙に形式民主主義なるほどな〜装置としては良く出来ていて大概の人をだます事が可能で有ろう。
民主主義を語り続ける事で人民の目を目くらまして、強固な社会主義体勢を盤石にし、自己増殖を続ける官僚機構の餌食となるのは日本人民の行く末こそ哀れで、現在徴税としての税金と
将来徴税としての国債乱発が有る以上、税金には現在税金と将来税金の2種類が存在する。現在税金だけでは物足りず、将来の税金も既に消費済みで国民は一様にこの失政国家の連帯保証人に
されており身動きが取れない状況に有るだろう。
「過去官僚」の天下りに「現在官僚形」で話が進むから更にややこしいのは英文法以上の事だ。
北朝鮮の人民のように抵抗も出来ずに静かに飢え死にするかのように、日本の人民も静かに日本国に引き蘢りをする以外に本当に方法は無いのだろうか?
私は日本の「人民」では無理としてもせめて「国民」と呼ばれる程の見識の有る方なら是非勇気を持ちみずからリスクを引き受ける事で人生の成功を収める事が可能と信じます。
リスクの無い所には所詮人生は無く、人生はその人の信念が試される物語であり、それなりの金を支払う事でしか自由などは手に入らない。自由にはコストが有るのだ。
こういう覚悟が出来ているなら一度GNCまで相談メールを送って見る事くらいは無駄な時間とは成らないだろうと思いますが、果たして読者の感想はいかがな物でしょうか?
















